売り手であり、買い手であったということ――第1部総括
振り返れば、危機の連続だった。
創業期の脆さ。
媒体との距離の測り方。
揺らぐ広告市場。
そして、ラジオという存在そのものの岐路。
私たちは常に「売る側」に立っていた。
広告枠を売り、企画を売り、時間を売る。
だが、本当にそれだけだったのだろうか。
ある時は、苦境に立つ媒体を静かに支えた。
ある時は、前例のない手法に踏み出した。
いずれも、確証はなかった。
それでも決断した。
なぜか。
それは、媒体の未来を“信じて買っていた”からではないか。
成功する保証のない枠を設計する。
長尺というリスクを引き受ける。
市場が縮む中で、あえて広げる。
それは単なる仲介業ではない。
私たちは、媒体の可能性に投資していた。
数字に追われながら、
数字だけでは動かなかった。
堅実であること。
無理をしないこと。
信義を守ること。
それらは理念として掲げる前に、
現場で選び続けた結果だった。
ラジオは息を吹き返した。
だが、真に取り戻したのは数字ではない。
「媒体は衰えるのではない。
使い方を誤れば力を失うだけだ。」
この確信である。
私たちは広告会社である。
しかし単なる売買の仲立ちではない。
時間を編み、
人の記憶に触れ、
市場の流れを少しだけ動かす。
それが、私たちの役割だった。
昭和という時代のうねりの中で、
会社は骨格を得た。
次に訪れるのは、映像の時代。
より速く、より強い波が押し寄せる。
だが、礎はすでにある。
売り手であり、
同時に買い手であったという自覚。
第1部、ここに一区切りとする。
だが物語は終わらない。
時代は変わり、舞台は広がる。
第2部、昭和時代の波へ。