第7回 冬の銀座にて――2000万円の逆風と、立て直しの決断

昭和29年。復興と好景気の光が街を照らす一方で、私たちの足元には大きな影が落ちていた。創業からわずか数年。順調に見えた成長の裏で、主要取引先であった新興系企業の相次ぐ経営破綻により、総額二千万円(現在換算で2億円)を超える貸し倒れが発生した。現在の価値に換算すれば、優に数億円規模に相当する。一社、また一社と倒れていく。広告出稿を牽引していたスポンサーの崩壊は、そのまま当社の資金繰りを直撃した。年の瀬が迫るある日、会社には放送局や取引先からの集金担当者が相次いで訪れた。応対に追われる社内は混乱し、冷静な判断を下す環境すら失われつつあった。そこで急遽指揮所として選ばれたのが、当時、銀座の裏通りにある老舗のおでん屋だった。社員は二階座敷に身を寄せ、電話と連絡帳を手に、支払いの優先順位や資金の振り分けを指示し続けたという。――そこは一夜にして、“非常時の司令塔”となった。混乱のなか、経営陣はひとつの大きな決断を下す。社屋の移転である。創業の地を離れ、新たな拠点へ移る。それは単なる引越しではない。経営体質を立て直すための、再出発の象徴だった。逆風は強かった。だが、この危機を経験したことで、当社は「与信管理」と「資金統制」という経営の基礎を学ぶことになる。この冬を越えたことが、のちの安定成長への土台となったのである。

トリビア:銀座の裏通りにあった“臨時本部”

  • 当時、業界関係者が集う飲食店は、しばしば非公式の打ち合わせ場所として機能していた。
  • 二階座敷は、外部の視線を避けながら連絡を取り合うのに最適だった。
  • 集金担当者と社員が鉢合わせしないよう、帰社時間を細かく調整するなど、緊急対応が続いていた。